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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和34年(く)3号 決定 1959年9月08日

抗告人 崎山嗣朝

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は末尾添付の抗告申立人名義の抗告理由追加申出書に記載したとおりである。

そこで原決定をみると原決定は「被告人が逃亡した場合における保釈許可取消決定並に保証金没取決定の効力の発生については、該決定の被告人に対する告知は必要でない」とし、その理由として「蓋し、刑事訴訟規則第三四条には但書として但し特別の規定ある場合はこの限りでないと規定されているがこの但し書をもつて特別の例外を明記した条文のある場合に限ると解するのは相当でなく、事物の性質上又は法全体の構造上当然例外と解すべきものについても適用あるものと解するのが相当である。たとえば、勾引状等を発付する裁判の如きはその告知を要しない場合に該当するであろう。被告人が逃亡したため保釈許可決定を取消し尚かつその保釈保証金の没取を決定する裁判の如きは事物の性質上被告人に該決定の告知をすることは必要ではないと解するのが当然である」と説示している。

しかしながら刑事訴訟規則第三四条本文は、裁判は同条但書の場合を除いて必ず告知することを要する旨定めている。そして同条但書により特に被告人に対して弁解や不服申立の機会を与えなくとも、さしてその基本的権利に影響を与えないと認められる場合等にその除外例を設けた(刑事訴訟規則第一四条、第八六条の二、第一八一条、第二一四条、第二一九条の二第一項等)に過ぎない。原決定は右の除外せられた場合を特別の例外を明記した条文のある場合に限ると解するのは相当ではなく事物の性質上又は法全体の構造上当然例外と解すべきものについても適用があるとし、本件の場合は事物の性質上右除外例に該るとしている。原決定の「事物の性質上」との意義は必ずしも明らかでないが原決定が「法は不能を強いない」と説明している点からすると被告人が逃亡しているから、これに告知することは不能であり、不能と知り乍ら送達することは意味がないとの趣旨と解せられるが、若しそうであるとすれば原決定の右の見解は正当ではない。蓋し裁判所は提出せられた資料に基き被告人が保釈許可決定の指定条件に違反し逃亡したものと認めて保釈許可決定を取消し且保証金没取決定をしたものであるが、それは当該裁判所が被告人は逃亡したものと認めたに止まり或は真実は逃亡したものではないかも知れないし、また一時所在不明であつても右取消決定がなされた際には制限住居に復帰しており現実に送達が為され得る場合がないとはいわれない。そして被告人は右決定に対しては抗告ないし準抗告の手続をとることができるので(刑事訴訟法第三三一条、第四一九条、第四二〇条、第四二九条第一項第二号)同決定は取消されることもあり得るから、被告人に対して保釈取消決定並に保証金没取決定のあつたことを知る機会を与え、従つて、これに対する不服申立の機会を与える必要があると考えられる。それで被告人が逃亡したことを理由として保釈取消並に保証金没取決定が為された場合でも、右決定の外部的効力発生のためには必ずこれに告知手続をしなければならないものと解する。

原決定は告知の必要がない裁判の例として勾引状勾留状を掲げているが、その場合でもその執行前にこれを示すことを必要とし(法第七三条)この場合右の示すことが特殊の告知方法であるとの説、或は勾引状勾留状はあらかじめその内容を被執行者に告知するのは相当でないから決定書が作成されると同時に効力を生ずるのであつて決定書謄本の呈示は告知方法ではなく人権保障の意味で示すことが要求せられるとの説、従つて保釈取消決定についても刑事訴訟法第九八条の規定があるので勾留状の場合と同様に決定書作成と同時に効力を生ずるとの説もあるが、本件は保釈取消決定と同時に保証金没取決定もなされた場合であり、この場合には右決定が外部的に効力を生ずるについてはその謄本の送達をしなければならないと解するので、保釈取消決定だけが為された場合の効力発生の時期については、ここでは深く説明しない。

なお、原決定は該決定書謄本は弁護人即ち本件抗告人(保証書差入人)にも送達せられており保証書差入なる所為は被告人の逃亡せざることを保証し、万一逃亡した場合は保証書記載の金額を保証書差入人において責任をもつて納付することを誓約した文書であるから、被告人が逃亡したために保釈保証金没取決定の告知が被告人に対して為されていないという当然起るべき事態をとらえて該決定の効力がないとして保証の責任を否定するのは首肯できないと説示しているが同決定が外部的に効力を発生するか否かはその決定謄本がその決定を受けた被告人に送達せられたかどうかの点にかかつており、あえてこれを弁護人又は保証書差入人に送達する必要はないので該決定書謄本が弁護人又は保証書差入人に送達せられたと否と、保証書の誓約の文言の如何は該決定の外部的効力発生の有無には何等の消長をも来さない。なお原決定は刑事訴訟法第三四一条、第二八四条、同規則第二二二条を引用し保釈取消決定並に保証金没取決定を被告人に告知する必要がない理由として掲げられているけれども右の各条はそれぞれ各規定の場合に応じ被告人の陳述をきかず或は被告人不出頭のまま判決し得ることについて特別の定をしたにとどまり前掲決定を被告人に告知する必要がないとの理由とはならない。

そこで本件につき宮城正一に係る関税法違反被告事件記録について調査すると、同被告人は昭和二五年八月三日保証金拾万円で保釈を許可せられ右保証金については内金八万円を抗告人(同事件弁護人)が差入れた保証書をもつて保証金に代えることを許され同被告人は保釈出所したところ右保釈許可決定中の制限住居から逃亡し行方不明となつたとの理由で同年一二月一六日右保釈許可決定を取消すと共に該保釈保証金全部を没取する旨の決定をしたが右決定書謄本を被告人に送達せられないまま(保証書差入人であり弁護人である抗告人に対しては当時右決定書謄本の送達はあつた)鹿児島地方検察庁検察官は昭和二九年七月三一日右没取決定に基き抗告人に対し納付命令を為したがその後鹿児島地方裁判所書記官は同年八月五日被告人に対して保釈取消並保証金没取決定書謄本を被告人の制限住居宛特別郵便に付し送達し(同年九月一〇日更に書留郵便による付送達)前記検察官は同日附先に発付した納付命令を取消し更に同年八月六日改めて抗告人に対して納付命令を発付した(本抗告申立事件記録中徴収顛末書の記書による)ことが認められる。

刑事訴訟規則第三四条には裁判の告知は公判廷においては、宣告によつてこれをし、その他の場合においては、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならないと規定してあるので、本件において前記決定が外部的に効力が生ずるには右決定書の謄本が被告人に送達せられなければならないことは前説明のとおりである。しかし被告人は制限住居を逃亡し行方不明になつていたので右決定書謄本は被告人の制限住居宛に書留郵便に付して特別送達の方法により送達せられているのであるが右送達の効力について更に検討すると刑書訴訟規則第六二条によると被告人は書類の送達を受けるために書面でその住居または事務所を裁判所に届出ることを義務づけられており同規則第六三条により右届出をしない者に対しては書類を書留郵便に付して送達することができ(起訴状と略式命令を除く)その送達は書類を書留郵便に付したときにこれをしたものとみなされている。書留郵便に付する送達は時として受送達者に到達しない場合も有り得るけれどもそれは万一その書類が到達しないような事があつても、住居等の届出義務の懈怠者において止むを得ない不利益として甘受すべきものでありこれにより訴訟手続の円滑な進展を計つているのである。

そこで本件において被告人宮城正一は保釈許可決定を受けた際その住居を制限せられているので刑事訴訟規則第六二条第一項の書類の送達を受ける場所の届出義務はないから同規則第六三条の適用はない旨の所論について考究すると、被告人が住居の制限を受けているときは実務上被告人に対する書類の送達は多くの場合その制限住居に為されているけれども、裁判所が被告人の住居を制限するには必ずしも当該裁判所の所在地に限ることなく、裁判所所在地と遠く離れた場所に指定することもあり、かような場合には書類を送達する便宜上被告人は裁判所の所在地に住居又は事務所を有する者を送達受取人に選任しその届出をなすことを要求せられており、また被告人は制限住居を移動することもあり得る(被告人が裁判所に無断で制限住居を移動したときは該保釈決定は多くの場合取消されるが他面保釈取消がなされない場合もあり得る。この場合には被告人に対する書類の送達は被告人の最後の住居である制限住居に為さるれば足ると解せられるし、若し被告人が新住居を届出でたとすればこれに対する送達は単に制限住居に為したのみでは足りず届出のあつた新住居に為されなければならないと解する)し殊に同規則第六二条第三項において同条第一項の届出義務から在監者だけを除外している点等を考えると保釈許可決定により住居の制限を受けた被告人と雖も同条第一項の除外例をなすものではなく同規則第六三条の適用を受くべきものと解するのを相当とする。

以上の説明により明らかなとおり被告人宮城正一は裁判所に対して住居事務所又は送達受取人の届出を為していないので同被告人に対する保釈取消決定並に保釈保証金没取決定謄本は昭和二九年八月五日書留郵便に付されたときに適法に送達せられたものとみなされるので、これに基いて検察官が発付した抗告人に対する納付命令もまた適法というべきである(前記送達は特別送達の方法によつているけれども特別送達においても書留郵便の取扱をしているので、この場合も書留郵便に付したことについての効力にかわりはない)。

なお抗告人の所論中民事訴訟法第五二八条第一項を引用し執行前に適法な送達を要する旨主張しているけれども、本件においては前説明のとおり前掲決定謄本は適法に被告人に対する送達が為されていると解せられるので所論は前提を欠き理由がない。

以上説明のとおり本件抗告理由中原決定が保釈取消決定並に保釈保証金没取決定を被告人に告知しないでもその外部的効力を発生する旨説示した点を論難した部分は理由があり原決定はこの点において法令の解釈を誤つた違法があるけれども原決定の説示するところは鹿児島地方検察庁検察官が抗告人に対してなした本件八万円の保釈保証金の没取裁判の執行たる納付命令ないし徴収命令は適法であるというに帰一し、このことは当裁判所が前掲決定書謄本が適法に被告人に送達せられており、従つてこれに基いて検察官が抗告人に対してなした納付命令ないし徴収命令は適法であるとの見解と結論を同じくするので、右の誤は原決定を取消す理由とはならない。

本件抗告は理由がないので、刑事訴訟法第四二六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治 裁判官 矢頭直哉)

抗告理由

一、原審裁判所は本件の却下決定書第三枚表七行目以下に於て、「被告人が刑事訴訟規則第六二条に依つて制限住居外に書類送達の場所を届出していない限り同規則第六三条によつて告知の方法として該決定書謄本を最後の住居に宛てて書留郵便に付して送達すればたとえ現実には不送達に終つても法律上は送達のあつたことになり該決定の効力を生ずる」と判示している。其理論は果して妥当だろうか。本件の場合、被告人宮城正一に対し裁判所は保釈許可決定をするに当り其居住の場所を鹿児島市新町八九番地玉城牛助方と制限している。それであるのに被告人から更に改めて裁判所に対し刑事訴訟規則第六二条の届出をする義務と必要があるだろうか。抗告人はないと考える。従つて本件のような場合には同規則を適用する余地はない。

二、原審裁判所は本件却下決定理由書第三枚目、裏一三行以下に「当裁判所は被告人が逃亡した場合に於ける保釈許可取消決定並に保証金没取決定の効力発生については該決定の被告人に対する告知は必要はない」と判示している。保釈許可取消決定及び保証金没取決定は判決ではないから告知を必要としないことは勿論である。決定だから送達を必要とするだろう。

三、原審裁判所は本件却下決定理由書第三枚目、裏九行目以下に、(イ)鹿児島地方検察庁検察官がなした納付命令乃至徴収命令の発付は右書留郵便に付した前に発付した昭和二九年七月三一日の納付命令を除いては執行の効力を有するものと言える訳であると判示し更に、(ロ)昭和二九年八月五日書留郵便に付した本件保釈許可取消決定並に保証金没取決定書は告知の効力を生じ従つて該決定の執行力を生じたと論じている。それで以下で述べる(一)(二)の疑問を生ずる。

(一) 昭和二九年七月三一日付納付命令を除いて執行力を生ずると謂う限り他に執行力ある納付命令が存在していなければならない筋合になるがそうした納付命令は存在していない。刑訴法第四九〇条は没取の裁判の執行については民事訴訟に関する法令の規定を準用し、其執行前に裁判の送達を要せないとしている。それで茲に謂う『其執行前に裁判の送達』とは民事訴訟法第五二八条第一項、同法第五六〇条の規定を準用する旨の宣言である、民事訴訟法第五二八条第一項は強制執行開始の要件として民事判決(本件の場合は決定)が既に送達せられ又は送達と同時に執行開始を始めることを要する旨の強行規定である従つて右決定に基き検察官が執行力ある納付命令により強制執行を開始するには右決定が適法に送達せられたることを要件とすることは論をまたない(因に民訴法第五六〇条は本件の場合には其の適用はない)。

(二) 凡そ書類送達を司る書記官が一件記録で被告人が行方不明であり制限住所に居住していないことを充分知つていないから其制限住所に書類を送達する行為は裁判所書記官と謂う其職責から観て果して正義の観念に合致する行為と謂えるだろうか、亦何故に書記は一度やればよさそうなのに念入りにも昭和二九年八月五日と同年九月一〇日と再度に渉り書留郵便で前掲決定書を送達したろうか、なぜ右決定を送達もせずに三ケ年余に渉り放擲して置いたろうか、以上三点は抗告人の了解に苦しむところである。

四、原審却下決定理由書四枚目、裏一四行以下五枚目にかけて、原審裁判所は『本件申立人が弁護人として提出した保証書に……残金八万円也に就き弁護人たる拙者に於て引受け一切の責任を負い保証する旨記載されているのであるから被告人が逃亡した為に保釈保証金の没取決定の告知が被告人に対してはされていないと言う当然起るべき事態をとらえて以て該決定の効力がないからとして保証の責任を否定すること』と前提し「正義を旨とする法全体の機構上から考えても、又保釈制度の健全なる運営の点に顧みても到底首肯し得ない」と論断判示している、そこで右論旨に対し抗告人の言い度い事は右論旨は抗告人の異議申立の趣旨を了解していないと言う事である、抗告人は保釈保証の責任を徒に否定し又は回避するために本件の異議又は抗告を申立ている者ではない。正義を守り法を守り貫かんとする念願は人後におちないつもりである。抗告人の争つているのは、抗告人の知つている限りに於ては本件の如き場合に於て如何に取扱うべきやに就き現行法に何等規定も判例もなく学者のうちには刑訴法の一大欠陥とさえ唱えている人も居る正当適切なる判例の出現を念願して争つている者であることを附言する。要は原審の本件却下理由は制裁法規の類推拡張解釈は之を許さないとする原則を徒に破るものであつてそれが違法であること、及び前掲決定の送達は適法なりや否や、従つて不適法なりとせば之に基き発した検察官の納付命令の執行力如何と謂うにある。

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